女性は涙をぬぐった。「男が連れ戻しに来る夢を今も見る」…少数民族 人身売買の魔手(読売新聞記事)

[世界深層in-depth]女性は涙をぬぐった。「男が連れ戻しに来る夢を今も見る」…少数民族 人身売買の魔手(読売新聞記事)

2017年10月17日5時0分

ベトナムから中国へ 結婚や売春強制


 中国と国境を接するベトナム北部を中心に、少数民族のベトナム人女性らが中国への人身売買被害に遭うケースが後を絶たない。長年続いた中国の一人っ子政策で結婚難に陥っている中国人男性と結婚させられるか、売春宿で働かされるケースが大半のようだ。(ハノイ支局 吉田健一)

  「逃げたら殺す」

 山岳少数民族モン族のバン・ティ・ナンさん(30)の自宅は、ライチャウ省ライチャウから車で50分の山中にある。

 「ベトナムに戻ってもう3年になるのに、私を売り飛ばした男が連れ戻しに来る夢を今でも見るの」

 ナンさんはそう言うと、モン族の伝統織物を縫う手を止めて涙をぬぐった。

 2014年7月、観賞用の鳥の売買をしていたナンさんは、友人女性の知人の男から、「中国でいい鳥を買いたいから一緒に行こう」と持ちかけられた。男はモン族の言葉を話した。「全く怪しまなかった。私たち少数民族は、自分と同じ言葉を話す人を無条件で信じる傾向が強いから」

 山の中の小川を男と一緒に歩いて渡り、中国側に密入国。タクシーに10時間ほど揺られて着いた民家に9人の中国人男女が待ち受けていた。「おかしい」と思った瞬間、男の一人が言った。

 「お前を3万元(約51万円)で買った。中国人と結婚してもらう。逃げたら、必ず殺す」

 目の前が真っ暗になった。一緒に来た男はいつの間にか姿を消していた。

 10日後、結婚のため中国中部の農村に連れて行かれた。相手は母と2人暮らしの34歳だった。夫と農作業にあたる毎日。何度も逃げようと思ったが、そのたびに男の言葉がよみがえり、足がすくんだ。

 畑仕事の際、同様に人身売買で結婚を強いられたベトナム人女性3人と出会った。それぞれの夫の目を盗んで交わす会話は、どうやって逃げるかということばかりだった。

 3か月後。買い物のため義母と初めて町に出た時、偶然見かけた警察署に義母を振り切って駆け込み、助けを求めた。「警察署だとわかった瞬間、体が勝手に動いていた」と振り返る。

  「想像絶する6年」

 「中国に売られたと知った瞬間の恐怖を思い出すと、今でも体が震えます」

 ラオカイ省ラオカイ郊外で美容院を営む少数民族タイー族のトゥイさん(24)は08年8月、姉の友人で、中国人と結婚したベトナム人女性に誘われ、姉と3人でラオカイの喫茶店に入った。暑い日だった。姉の友人が注文した冷たいお茶を2、3口飲むと、しばらくして意識が遠のいていった。

 数時間後に目覚めた時には、中国側の国境の街、河口の川辺に横たわっていた。そばにいた中国人の男が、トゥイさんの首筋にナイフを当てて言った。「売春宿で働いてもらう。『嫌』と言う選択肢はない。お前の姉も別の売春宿に売った」。中国人はトゥイさんを近くの民家に監禁した。

 そこには、同じく拉致されたベトナム人女性が1人いた。数日後の夜、その女性が行く売春宿が決まった。翌朝、女性が「最後においしい麺を食べたい」と見張り役の女に頼むと、女は油断したのか、すんなりと10元(約170円)を渡した。一人で外に出た女性はそのままタクシーに飛び乗り、警察署に直行。ほどなく数人の警察官が監禁場所の民家に踏み込み、トゥイさんを救出した。

 行方不明だった姉は約6年後の14年春、深夜に突然実家に戻ってきた。うつろな表情の姉は家族を前に、働かされていた売春宿が警察に摘発されたこと、中国の再教育施設で矯正教育を受けたことなどを言葉少なに語った。

 トゥイさんは思う。「姉は中国で想像を絶する6年を送った。私は早くに救出され、本当に幸運だった」 

貧しく教育不十分 被害多発…中越国境1400キロ 取り締まりに限界

 ベトナム国営メディアによると、2016年の人身売買被害者は届け出があっただけで前年比12・8%増の1128人。被害者の大半が外国、主に中国に連れ去られたとみられている。

 ラオカイ省社会犯罪防止局のグエン・トゥオン・ロン局長(54)によると、同省では毎年100人前後の被害者が出ている。中国の人身売買組織が、中国人と結婚したベトナム人などに仲介者として拉致を頼むケースが多く、仲介者は見返りに数万元の報酬を受け取るという。

 最近は、スマートフォンの普及に伴い、金目当てのベトナム人少年が、フェイスブックやチャットアプリで知り合った少女をだまして国境に連れて行き、人身売買組織に売り渡す事案も増えている。

 ロン局長は、少女を売った少年が平然と語る動機に一瞬耳を疑ったこともあるという。

 「新しいiPhone(アイフォーン)が欲しかった」――。

 中越の陸上国境は1400キロ・メートルに及ぶ。山間部が多く、フェンスなどもない。自由に往来可能で、取り締まりにも限界がある。ラオカイ、ライチャウ両省当局者は「実態把握は難しい。被害に遭わないよう、少数民族に注意を喚起する地道な活動が重要だ」と口をそろえる。

 少数民族に被害が多いのは、国境を越えることに抵抗感が少ない国境地帯の「山の民」が多く、経済的に貧しく、教育機会も不十分なためだ。ラオカイ省当局は、米NGOと共同で少数民族が集まる日曜市を回り、人身売買の手口などを記したチラシを配る啓発に力を入れる。今月1日、ラオカイから車で約2時間の山中での活動では、数百枚のチラシが約1時間でなくなった。少数民族の関心も高まっている。

 4年前、1歳下の妹が突然失跡したファムさん(22)はチラシを手に不安げに語った。

 「中国に売られたとしか考えられない。4歳の娘が同じ目に遭わないか不安でたまらない」(終)