ベトナムと日本――新たな時代における防衛体制に向けて同じ道のりを歩む(ディン・ホアン・タン博士)

11月5日、南シナ海問題を考える会主催の研究会「緊迫する南シナ海情勢 ベトナム フィリピン そして日本」における講演を記録しておきます。

ベトナムと日本――新たな時代における防衛体制に向けて同じ道のりを歩む 

ディン・ホアン・タン博士

元在オランダ ベトナム大使

元ベトナム外務省国際ジャーナル編集長

元ウィスダム・センター・フォー・プリザベーション・オブ・イースト・シー長官

紳士淑女の皆さま、

ちょうど一年前のこの月に、日本武道館を埋め尽くす11,000人を超の聴衆を前にお話をさせていただく機会がありました。その席で、アジアの安全保障論と現代日本政治の豊かな実利主義との関係に気づきました。今回再び東京を訪れるにあたり、本年の会議にご招待くださった組織委員会に御礼申し上げます。他のプレゼンターの皆さまと共に、日本海関連の難問に解決策を見出すお手伝いをさせていただければ幸いです。

そこで、本日のスピーチのタイトルを『新たな状況下でベトナムと日本がアジアの安全保障協力を目指して協働する方法』といたしました。

5つの疑問とそれらに対する5つの回答に焦点をあてて、お話しさせていただきたいと思います。

1.今年発生した重大事件が我々の安全保障環境に与える影響はどのようなものか

2.日本海における紛争を回避できる可能性のある外交的法的選択肢は何であるか

3.変わりつつある現在の安全保障体制において、日米その他の勢力が果たしうる役割は何であるか

4.日本・ベトナム間の「緊密かつ広範囲の戦略的パートナーシップ」の拡張することでアジア地域の安全保障と発展に果たせる役割は何であるか

5.東アジアの安全保障構造導入プロセスはどのような方向性であるべきか

I.キーとなる出来事の積み重ね

まず、今年の国際的に大きな出来事が我々の安全保障環境に与える影響を評価しなければなりません。

結果にもよりますが、今年のアメリカ大統領選挙はナショナリズムが国家間の経済摩擦を煽りグローバル化の流れが停滞せざるを得ない状況の前兆となるかもしれません。大統領選挙運動の中で、不安で不確実なアメリカの未来が露呈しました。そして、選挙結果は中国の領土拡大への動きに対するアメリカの対応に多大な影響を与えます。とは言え、日米および日韓の二国間関係は東アジアの安全保障の柱であり続けます。多面的な日米韓の外交関係こそが地域の平和と繁栄を盤石のものとすることに変わりはありません。すでに不公平なものでありますが、日韓は今後さらにこの歴史的な同盟関係の中でさらに大きな責任を負うようになると思われます。ここ日本で先日来起きている憲法改正の動き――実質的には第二の明治維新と言えるでしょう――が今後数十年にわたって日本が進む方向性を決める重大な要素となります。

日本国憲法改正は日本にとって重大なものであるに留まらず、世界にとっても大切な意味があります。日本のステータスを高め、世界に対して日本が果たす役割を示すものなのです。日本国は中国に対して忍耐強く外交的解決を求めていくが、もし中国が尖閣諸島から手を引かない場合は対決も辞さないとする、安倍首相と自民党の強い意思を反映しています。

2016年7月12日にハーグ国際司法裁判所(PCA)が下した裁定は、日本海におけるあらゆる紛争にとってひとつの大きな節目となりました。この裁定はフィリピンの全面勝利かつ中国の歴史的敗北であり、法的、地政学的、戦略的側面からアジア全域に大きな影響がありました。しかし、中国が感情をむき出しにして裁定を糾弾している限り、ベトナムとフィリピンを含むアジア全域は注意を怠ることはできません。また、中国は日本海における航行の自由は保障されると宣言しながら、断固として日本の関与を拒否しています。この矛盾が新たな緊張の火種になっているのです。

現在の外交地図には、アメリカの沈黙外交、激化する中国の武力侵攻、日本の姿勢の高まり、初めてのG7としての公式な対応、ASEAN解体の危機、そしてフィリピンの両面性などが映し出されています。その結果、関係国が共同してそれぞれの方針の変更に取り組むこととなりました。その中で、2016年8月30日にシンガポールで出されたベトナムの提言は、我々の安全保障方針を事実上書き換えたと言えます。また、先日ベトナムはASEANで長きにわたって行われてきた意思決定法を再考すべき時がきたとの提言も行いました。

II.東シナ海(ECS)と南シナ海(SCS)――類似点と相違点

第二に、日本海における紛争を抑止する可能性のある外交的法的措置は何であるか。

PCAの決断は紛争抑止をさらに進めるでしょうか、それとも妨げになるのでしょうか?

東シナ海および日本海で起きている紛争は、いずれも主権に関するものです。日本は尖閣諸島を領有するにあたって武力を行使しませんでしたが、中国は南沙諸島とスプラトリー諸島の一部に侵攻し専有しています。尖閣諸島問題は二国間のものですが、ベトナムと中国の問題は二国間(南沙諸島関連)であり、多国間(スプラトリー諸島関連)でもあります。いずれも法的ならびに地理的、海上境界線的問題が絡んでいます。同時に天然資源や漁業権に関するものでもありますが、それらはメインではありません。中国との紛争に巻き込まれている三国――日本、ベトナム、フィリピン――は、アメリカの同盟国もしくはパートナー国です。特にベトナムは最近アメリカとの間に『包括的パートナーシップ』を結んでいます。

このふたつの紛争の違いから、対立を未然に防ぐ可能性が明確に見てとれます。日本海における紛争では、2016年7月12日のPCA裁定が大きな意味を持ちます。その一方で東シナ海の紛争に関連して解決しているのは台湾との間の漁業権だけです。PCAの裁定はいずれの紛争の関係国にとっても、法的手段で問題解決にあたる前例となります。この裁定によって、国連および国際紛争を裁判で解決することに対する信用が高まったと言えます。

しかし、最終的に東シナ海での対立リスクを低減するための主要な要素は、中国、日本、韓国の経済的相互依存であることがはっきりするでしょう。2014年以降、日本と中国は二国間協議を実施しています。先日、東京で予定されている日中韓の高官級会議でのコミュニケーションチャネルを改善する努力をすることを、関係各国が宣言しています。三国間協議が具体的な結果を生むと断言する者はいませんが、この種の外交交渉は注目に値するものであるのは間違いありません。

しかし、残念なことに日本海の問題はゼロサムゲームでしかありません。そして日本海が一国によって支配されることになれば、東北および東南アジアの微妙なバランスだけでなく、地域的国際的秩序も危機に瀕します。

今まで、日米安保を含めた日本の軍事力が外交努力のベースとなってきました。しかし同時に、関係各国の軍事力の増強、日本のナショナリズム、中国の『漢帝国』主義が、尖閣諸島での緊張が高まる原因となっているのも確かです。中国中央政府は、日本とあからさまに事を構えれば、戦術的にも戦略的にも重大な問題につながりかねないことを充分理解しています。したがって、日米の強大な軍事力のおかげで、のっぴきならない対立を回避できる可能性は、日本海よりも東シナ海の方が高いと言っていいでしょう。

それでは、PCAの裁定はどのような意味を持つのでしょう?どのようにして全面的な対立を防ぐ役割を果たすのでしょうか?それは世論に影響を及ぼすからです。戦略国際問題研究所(CSIS)によれば、中国に同調したのはわずか8ヶ国に留まり、残りの40ヶ国はPCAの裁定を支持するとしています。将来的に、中国が裁定を糾弾することで起こりうる悪影響を国際社会が提示できれば、裁定の信頼性がより高まります。しかし法的な成功とは、裁定がただちに効力を発揮することだけでなく、アメリカ、日本、国連、そして国際社会が面目を失わない形で撤退するよう中国政府に圧力をかけ続けられるかで決まるのです。

短期的には中国政府の反発を無視できないでしょう。日本海における行動をさらに前倒しするなどの無謀な反応も考えられます。そして、中国政府がそのような対応を展開すれば、スプラトリー諸島および周辺海域を完全占拠し、周辺空域ならびに海域の航行の自由を妨げることにもつながりかねません。これは国際社会にとって重大な問題となります。

III.新たな安全保障機構

第三に、日米およびその他アジア主要国が東北ならびに東南アジアの安全保障に大きな役割を果たすことを確認する必要があるということです。

最近東南アジアで行われた、日本ほかの主要国に関する調査で興味深い結果が出ました。ローウィ国際政策研究所とCSISが共に、地域各国は日本が経済面でも安全保障面でもアジアでより大きな役割を果たすことを期待しているとしました。日本は地域各国から最も大きな支持を集めており、アメリカやインドを上回っています。ASEANが日本の軍事的役割を受け入れることは、アジアにおいてアメリカの役割が大きくなっていることと一致しています。そして、ベトナムはASEAN諸国でもとりわけ日本を支持している国のひとつです。

ワシントンD.C.、東京、ニューデリー、キャンベラ。各国政府は、アジアの更なる発展のためには大きな変革が必要だということを理解しています。しかし、そのような変革は広く受容されている安全保障の体系なしには存在し得ません。その意味からも、2016年初めに締結された日比防衛協力協定は前向きな兆候と言えます。この協定により更なる協力への道が開かれ、日本がフィリピンに対して新たな防衛関連技術を供与し、共同で防衛関連の研究開発を実施することができるのです。

また、日本とベトナムでの協定により、海上自衛隊(JMSDF)がベトナムの戦略的拠点港であるカムラン海軍基地に護衛艦を停泊させることが可能になりました。日本の防衛力が高まることで、中国と協働する機会も出てきました。今年の夏の演習で『洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES)』が初めて発動されました。同様の演習は、特に日本と中国政府の間の危機回避メカニズムの構築を進める上で非常に有意義なものとなります。

先日インドは、両国間の防衛協調をさらに拡充する目的で5億ドルの借款をベトナムに対して行うと発表しました。インドの新たなパートナーとなることで、ベトナムは日豪印で新たに結ばれた三国間協力ともつながりができたと言えます。また、日印の防衛大臣はアメリカを含めた三国間での協力体制を推進することで合意しています。インド洋および東南アジアでインドが担う役割の重要性は、すべての主要国の認めるところとなっています。

最後に申し上げたいのは、ベトナムが新たな安全保障環境において、より積極的な役割を果たしていこうとしていることです。ベトナムは、全会一致を旨とするASEANの意思決定方法を変え、カムランを国際港にし、日中両国との協力により安全保障を推進し、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピンとの多国間関係にこれまで以上に積極的に関与するなど、様々な行動をとっています。ベトナムは常に法や協定、合意事項が尊重されるような国際社会の秩序を積極的に支持します。そして、そのような国際秩序のバックボーンには同盟協定が不可欠なのです。

IV.関係の拡大を予想する

第四に、日本とベトナムの『緊密にして広範囲にわたる戦略的パートナーシップ』をさらに拡大し、東シナ海、南シナ海での緊張に対処すべく共同で外交的、法的な取り組みを行っていくべきです。

ベトナムは日本との間に『緊密にして広範囲にわたる戦略的パートナーシップ』を築いています。そして、中国との間には『包括的戦略的パートナーシップ』と呼ばれる関係があります。この2つのパートナーシップの違いは何でしょうか?正直に申し上げるならば、それぞれの名称は必ずしも本質を捉えてはいません。実際には、ベトナムにとって日本は長期的な同盟国になり得ますが、中国はむしろ脅威でした。もっと具体的に申し上げるなら、中国が引き続きアジアの支配に意欲を見せるのであれば、同国はアジアのみならず世界にとっての脅威であり続けるでしょう。近年見られる日本とベトナムの二国間関係をさらに増強しようとする動きは、将来的なあらゆる不確定要素に対応することを目的としています。

ベトナムと日本との間の『緊密にして広範囲にわたる戦略的パートナーシップ』を拡充することを考えると、ベトナムがその他の主要国との間に築いた関係をより理解することが必要となってきます。日本のように仲介の労をとってくれる友好国の助けなしに、ベトナムがアメリカとの関係を緊密化することは困難です。ベトナムと自由主義社会との関係という枠組みの中で日本が果たす役割は欠くべからぬものです。それだけでなく、アメリカがアジアに軸足を置く上で必要とされている様々な三国間関係がもたらす新たな安全保障においても、日本の存在は重要です。

ベトナムは、日本が日本海及び東シナ海での航行の自由を必要としていることを理解しています。また、可能な限り国際法に基づいて中国との国境紛争を解決したいと考えていることも承知しています。その代り、日本はベトナムが中国の影響下を離れ、アメリカとの関係を緊密化し、貧困と孤立のサイクルに終止符を打ちたいと考えていることを理解してくれています。何百万ものベトナム国民は、こんな疑問に悩まされてきました。独立のために勇敢に戦った国であるのにも関わらず、なぜ今でもベトナムに民主主義は存在しないのか?ベトナムが民主的な、アジアパシフィックの発展、安全保障、繁栄を担う、信頼に足りる真のパートナーとなった暁には、どれほどのポテンシャルが発現されるかを考えてみてください。

そして、我々の戦略的パートナーシップがいかに『広範囲』なものであるかは、別の大きな意味をも持ちます。それは、常に両国が相互に信頼と尊敬を守り維持しなければならないということです。むろん、両国の首脳はそれを国家として表明します。しかし、個人のレベルでも我々一人一人がそういった信頼や尊敬を高めるよう、できることをしていくのです。私からは、特に日本に住む同朋に対して最高の行動規範を持つよう求めたいと思います。

V.東アジアの新たな秩序

第五に、日本海における紛争の解決を模索する取り組みは、東アジアの新たな秩序を探求する動きの一貫であるべきです。

東アジアの未来には、いくつものシナリオが考えられます。中国に率いられるパクス・シニカ?それとも、今と同じアメリカの下でのパクス・アメリカーナ?昨年夏のフォンソン安全保障フォーラム――シャングリラフォーラムの中国版です――で、中国がアジアパシフィック地域の安全保障体制の再形成に意欲を持っていることが明らかになりました。しかし、中国政府が日本海紛争に対する協議をすべて拒否している以上、相互に合意できる取り決めの策定は困難です。

現在のASEANや上海協力機構(SCO)の枠組みは、すべての関係国が長期にわたる解決策を模索する上での共通の出発点とはならないのは明らかです。同時に、アジアに置いたアメリカの軸足は現在のところ、具体的な取り組み方針を提示できてはいません。アメリカが全面的に取り組む姿勢を明確に打ち出さない限り、この地域の国はすべて行動方針を決めかねることになります。その顕著な例が

フィリピンのドゥテルテ大統領の方向性でしょう。そして、中国とロシアという本質的には相容れない国家が協調関係にあるかのような動きを見せていることに対する各国の反応は、今後の成り行きを見守らなけれならないでしょう。

あまり平和的とは言えない中国の台頭、バランスを再構築しようとするアメリカの方針、そしてアジアで勃興するナショナリズム。この3点が東アジアの将来的秩序に影響を与える主要な要素です。現在の安全保障体制が抱えるジレンマを解消するために、アメリカの次期大統領はこれら3点にどのような対応をみせるのでしょうか?

今日では、アジアパシフィックの秩序は新たな枠組みの中で考えられなければなりません。これまでの『パクス』に見られた一国の支配ではなく、新たなネットワーク・パートナーシップが中心となるのです。おそらく『パクス・パシフィカーナ』が東シナ海および南シナ海における紛争のみならず、日本とベトナムのパートナーシップが不可欠な役割を果たすアジアの未来像にとっても『ハッピーエンド』となるはずです。

アジアパシフィックの秩序は、広く受容される価値観に基づく新たな基礎の上に組み立てられなければなりません。そして、その価値観はここ東アジアにあります。さもなくば、経済的軍事的優位を求める競争による不安定な状態が発生するだけです。我々の国が結んだ『緊密にして広範囲にわたる戦略的パートナーシップ』を、他の国が追随したくなるようなものにしましょう。日本のリードでASEANの解体を防ぎ強化して、将来的にもASEANがパクス・パシフィカーナを支えていけるよう働きかけましょう。

結論

東シナ海および南シナ海における緊張状態に対する取り組みは、新たなアジアの安全保障体制というより大きな観点と分けて語ることはできません。そこでは日米その他の民主主義国が決定的な役割を果たします。歴史的に見ても、中国は常に近隣諸国の侵略・支配をもくろむ動きをしてきています。この新たな時代においても、中国は何も変わってはいません。東シナ海および南シナ海でこれから起こる紛争は間違いなく熾烈で困難なものとなるでしょう。

日本とベトナムは手を携えて、この安全保障上の問題に対する解決策を探すという重荷を背負っていかなければなりません。日本とベトナムの緊密な関係は、ベトナムが中国の動きに対してより毅然とした態度で臨む原動力となり、またベトナムが友好的互恵的な日米関係と接点を持つことを意味します。日本もまたベトナムとパートナーシップを組むことで、航行の自由を維持しアジアをより安全で安定させるための強力な味方を得ることができます。どうか一緒に、今日のそして未来の世代のために平和と繁栄を築いていきましょう。

最後になりますが、私の個人的希望として、日本が新たな意味での武士道に邁進し他の民主主義国家と協力の上、新たな世界の公平公正な秩序を守り維持してくれることを願っています。