ベトタン幹部、ベトナム治安当局から硫酸をかけられ重傷

ベトタン幹部、治安当局から酸攻撃を受ける

ベトタン【ベトナム刷新・革新党】

即時放免を求む

2017年9月14日

お問い合わせ:Duy Hoang +1 202 …

亡命希望者をドイツ国内で拉致、独政府がベトナムを非難

【AFP=時事】ドイツ政府は2日、独国内で亡命希望者を拉致したとしてベトナム政府を強く非難し、駐独ベトナム大使を呼んで抗議するとともに、ベトナム人情報員1人に国外追放を命じた。

 ドイツ外務省のマルティン・シェーファー(Martin Schaefer)報道官は、「ベトナム国籍のチン・スアン・タイン(Trinh Xuan Thanh)氏がドイツ国内で拉致された問題は、わが国の法律と国際法に対する前代未聞の恥ずべき侵害だ」と述べ、同氏を拉致したとしてベトナムの情報当局と大使館を非難した。

 その上でシェーファー報道官は、「決して容認できない行動の結果として、わが国は在独ベトナム大使館駐在のベトナム人情報員を『ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)』に指定し、48時間以内の国外退去を命じる」と宣言した。

 また、独外務省は拉致事件を受けて駐独ベトナム大使を呼び、「こうした行動はドイツとベトナムの国交を深刻に損ないかねない」と強調したという。

 独メディアによると、タイン氏は亡命を申請していたが、先月23日に首都ベルリン(Berlin)中心部の連邦議会や首相府に隣接する公園ティーアガルテン(Tiergarten)で武装した男たちに拉致されたという。今週に入り、ベトナム国営氏が31日にタイン氏が当局に出頭してきたと報じ、所在が明らかになった。


民主活動家ファム・ミン・ホアン氏、ベトナムから追放

民主活動家ファム・ミン・ホアン氏、ベトナムから追放

ベトナム革新党

2017年6月24日

ベトナム革新党は、ベトナム政府によるファム・ミン・ホアン氏の国外追放を糾弾する。元大学教授でありブロガーでもあるホアン氏は、ベトナム国籍をはく奪され、土曜の深夜に飛行機に搭乗させられた。現在、ホアン氏はフランスへと向かっており、現地時間の日曜午前にシャルルドゴール空港に到着予定である。

金曜の夕刻、警察は不法滞在者であるとの名目でホアン氏を住居から強制的に連行した。政府当局は5月17日にホアン氏のベトナム国籍はく奪を布告していた。あいまいな表現に終始したこの決定が、ホアン氏の平和的アドボカシーを妨害する動きであることは明々白々である。

ファム・ミン・ホアン氏の一件は、政治的見解を根拠としてベトナム政府が公に個人の国籍をはく奪した最初のケースである。世界人権宣言の第15条は、 何人も、ほしいままにその国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはないとしている。

ファム・ミン・ホアン氏は1955年にベトナムに生まれ、1973年にフランスの大学に留学した。2000年に帰国し、ホーチミン市工科大学で数学の教鞭をとった。ベトナム革新党員であるホアン氏は、リーダースキルと市民活動のトレーニングを主催していた。ブロガーとしては、高い更新頻度で環境問題とベトナムの主権に関する記事を発表している。


大学教授でブロガーのファム・ミン・ホアンが、予想されるベトナムからの国外追放について公開書簡を執筆

大学教授でブロガーのファム・ミン・ホアンが、予想されるベトナムからの国外追放について公開書簡を執筆

ファム・ミン・ホアン

前政治犯、数学教授、ブロガーであり、フランスとベトナムの二重国籍を持つファム・ミン・ホアンは、ベトナム国籍を失いフランスへ国外追放されそうだという知らせを受け、支援の要請をフェイスブックのページ上に公開した。

フェイスブックのコミュニティ、友人、支援者の皆さんへ

2017年6月1日、サイゴンにあるフランス領事館が私に「恐ろしいニュース」を知らせてくれました。5月17日にベトナム政府が私のベトナム国籍を剥奪し、そして私をフランスへ国外追放するというのです(私はフランスとベトナムの二重国籍を取得しています)。

この文章を書き始める際、私は麻痺したような気持ちになっています。その知らせを聞き、私の妻と娘は泣き始めました。私の兄(南ベトナムでの戦争の退役軍人で障害者)もショックを受けています。家庭の事情で、妻は私に同行できません。年老いた母と障害を抱えた兄の世話をする必要があるので、家族は分裂せざるをえません。

1973年の11月でした。

留学するためにパリへ向かったその日を、昨日のように覚えています。飛行機がサイゴン上空を飛行しているとき、私は窓の外を眺めながら、戦争で荒廃した母国を再建するために戻ってくることを誓いました。2年後、私の計画はすべてめちゃくちゃにされ、新しい人生、新しい場所、そして全く新しい考え方を強要されました。しかしながら心の中では、私が生まれた国であり死んだら埋葬されるであろう母国にまだ望みを持っていました。


「緊迫する南シナ海情勢 ベトナム、フィリピン、そして日本」11月5日 拓殖大学文京キャンパスにて研究講演会開催

「緊迫する南シナ海情勢 ベトナム、フィリピン、そして日本」

11月5日 拓殖大学文京キャンパスにて研究講演会開催

南シナ海問題を考える会事務局

 11月5日、午後2時より、拓殖大学文京キャンパス C101教室にて「緊迫する南シナ海情勢 ベトナム・フィリピン そして日本」と題された研究講演会が開催されます。ご存知のように、2016年7月12日、国連海洋法条約に基づくハーグ仲裁裁判所は、フィリピン政府が訴えた南シナ海問題に関し、中国が主張してきた内容を全面的に否定する判決を下しました。

 中国の南シナ海における侵略行為は、1950年代にパラセル(西沙)諸島に部隊を派遣してその野望を明らかにした時点で始まっていますが、ベトナム戦争が北ベトナムの勝利で終わる直前の1974年、すでに力を失っていた当時の南ベトナム軍を撃退して、諸島全域を支配したいます。さらに80年代にはスプラトリー(南沙)諸島の一部も占拠。フィリピンが領有権を主張するミスチーフ礁にて、95年には中国軍が事実上の基地建設に入りました。そして、近年のあからさまな人口島建設、ミサイル基地の設置などでこの両諸島に中国が明確に南シナ海の軍事的覇権を確立しようとしていることは、様々な報道により明らかなことです。

この覇権主義と侵略、力による支配に対し、今回のハーグ仲裁裁判所は明確に違法なものとみなしました。今回の判決によれば、中国が主権を主張する独自の境界線「九段線」に国際法上の根拠は全くないこと、現在中国が強引に作り上げた海上人口島も、「島」としては認められないことを宣言。原告であるフィリピン政府の「中国が人工島を造成したミスチーフ礁などは満潮時に水没する『低潮高地』(暗礁)であり、領海を設定できない」との主張を全面的に認めています。

 さらに、スカボロー礁やジョンソン礁などは「岩」であると認定し、沿岸国が漁業や資源開発などの権利を持つ排他的経済水域(EEZ)を設けることへできず、特にスカボロー礁周辺の海域は中国、フィリピン、ベトナムいずれの国々にとっても伝統的な漁場であり、中国がフィリピン漁船にたびたび妨害を加えていたことも国際法違反だとしています。


ベトナムの環境災害に関するベトナム革新党声明

フォルモサ本部 Viet Tan の声明

Duy Hoang

Viet Tanのスポークスマンは、台北にある台湾プラスチック社の前でベトナムの最近の環境災害に関する声明を発表した。


オバマ大統領訪問後のベトナム

オバマ大統領訪問後のベトナム

文責:デュイ・ホアン

2016年5月30日

オバマ大統領の訪問でベトナム国内の風潮に変化が生じ、同国政府と中国政府との距離が開いた可能性がある。

昨年11月にベトナムを公式訪問した際、中国の習近平国家主席はベトナム政府から21発の礼砲をもって迎えられたが、同時に活動家たちの反対運動も巻き起こった。中国の指導者をひと目見ようと国民が車列の通るルート沿いにつめかけることも、若者たちが習国家主席と並んでセルフィーにおさまろうと騒いだとの報道もなかった。

今月訪問したバラク・オバマ大統領に対してその時のような派手な式典は行われなかったが、大統領は行く先々で大勢のベトナム国民の熱狂的な歓迎を受けた。ベトナムのメディアには一般国民と触れ合うオバマ大統領の写真が躍り、大統領の演説やコメントの動画は3500万人いるとされるベトナムのフェイスブックユーザーだけでなくフェイスブックコミュニティ全体にもシェアされた。

これの意味するところは何なのか?アナリストは大統領が武器の禁輸を解除したことと、その結果今後のアメリカ=ベトナム関係がどうなるかのみに注目してきた。しかし、両国の関係にはベトナムの外交および内政方針を左右する、もっと根本的な何かがあるはずである。

ソフト・パワーの勝利


ベトナム当局は活動家トラン・ミン・ニャットへの襲撃をやめよ

ベトナム当局は活動家トラン・ミン・ニャットへの襲撃をやめよ

ベトタン

2016年2月23日

かつて良心の囚人であったトラン・ミン・ニャットは、地元当局によって頭に投石を受け、自宅を焼き払ってやる、と脅された。この2月22日の最新の襲撃は、自宅周辺に殺虫剤を撒かれて生計の手段を全滅させられた、庭に大規模な放火をされた、数百ものペパー・バインを汚染されたといった事態を含む、数か月にもわたる嫌がらせに引き続くものである。ニャットの兄であるトラン・カス・ダットまでが、事件後にニャットの世話をしている間に、自宅を襲撃された。

トラン・ミン・ニャットは4年間にわたる恣意的な拘束の後、2015年8月に刑務所から釈放された。ニャットは「政府転覆を企てた」として、13名の他の活動家とともに有罪判決を受けた。国連の恣意的拘束に関する作業部会は、2013年11月に発表した意見で、トラン・ミン・ニャットの逮捕と裁判は国際法に違反すると裁定し、ベトナム当局に対し、ニャットに恣意的拘束の補償を行うよう求めた。逮捕以前は、ニャットはコミュニティ・オーガナイザーであり、また、独立系小メディア、ベトナム・レデンプトリスト・ニュースとラジオ・アルフォンソへの寄稿者だった。

スタンフォード大学ロースクールのアレン・ウェイナー (トラン・ミン・ニャットとその仲間の国際代理人) は、ベトナム問題委員会での声明で、ベトナム政府は「人権侵害への異議表示や抗議を抑圧するために、政府の支配下にある裁判官が執行する、ベトナムの法律の曖昧で基準のない規定」を利用する、と述べた。


ベトナムの活動家たちが指導者に中国の習主席のベトナム訪問を中止するよう要求

ベトナムの活動家たちが指導者に中国の習主席のベトナム訪問を中止するよう要求

VOA

2015年10月20日

100人以上のベトナム活動家が政府当局に対し、中国の習近平主席のベトナムへの訪問計画を撤回するよう要求する公開状を送った。

彼らは、この動きについて「ベトナム国民に圧力をかけて、見下す隣国に、反対の立場を示すための外交上の当然の対応だ」と主張している。

公開状に署名した一人である社会活動家のLa Viet Dungは、中国の南シナ海の埋め立て計画に関する侵略的な態度が、公開状への署名のきっかけとなったと語る。


現ベトナム共産主義政府の「出国禁止」政策の実態(ベトナム革新党)

ベトナム「出国禁止」政策

ベトタンの警告

ベトタンは、ベトナム国内の差し迫った課題に対する最新の分析をおこなっている。独立した市民社会組織が現れ、それが外部世界とのより親密な関係と相まって、活動家がセミナー、会議、集会に出席する機会が増えている。残念ながら、彼らの渡航する権利が否定される報告が増大している。

ベトナム政府は、活動家の外国渡航を阻む恣意的な制限を課している。ベトナム憲法が移動の自由を保障しているにもかかわらず、政府は日常的にパスポートを没収、尋問のために空港で乗客を拘束し、ブロガーや人権活動家に対する「ブラックリスト」を使用している。

政府は国家の安全についての要望を一掃することで、渡航制限を体系化している。しかし、たいていの場合は理由もなく、警察が旅行者を拘束している。このような事例のすべてが公に知られているわけではないが、ベトタンの調査によると少なくとも26人の活動家が過去2年間に外国渡航を阻まれている。

このような制限は、以下に述べられているベトナム憲法第23条に違反している。

「国民は国内で自由に移動、居住する権利、および本国を離れ、そして外国から戻る権利を有している。これらの権利の行使は法により規定されるものとする」

ここ数年、独立市民社会組織が現れ、それが外部世界とのより親密な関係と相まって、活動家がセミナー、会議、集会に出席する機会が増えている。残念ながら、彼らの渡航する権利が否定される報告が増大している。